camelliatanのブログ

入院生活とか珈琲のこととか

波乱の大晦日

精密検査の結果を待つ日々。

 

当時はまだコロナが流行る前だったので、親族が集まって、娘の誕生を祝いながら気を紛らわせていました。

 

皆新生児のほちゃほちゃ具合にめろめろでしたが、

 

「この子よく寝るねぇ。」

 

と言われました。

 

 

確かに、この時は4時間位ずっとぐっすり寝ていて、3時間おきの授乳の時間になっても泣きませんでした。

 

新生児期は寝不足に悩まされると聞いていましたが、基本的に日中はすやすや寝ており、手のかからない子だなぁと思っていました。

 

 

 

 

そして、大晦日

 

年越し蕎麦とお節の準備をしていると、午後3時頃、産院から電話がかかってきました。

 

「検査結果のことで話があるので来てほしい。」

 

と言われました。

 

詳細は会ってから話すということで、嫌な予感がしつつも

 

甲状腺機能低下症は投薬治療で良くなると聞いたし、きっと大丈夫だろう。

 

と考えていました。

 

 

病院に着くと、娘は先生の診察を受けることになりました。

 

15分ほど待っていると、先生がやってきて、

 

「心雑音がするので、大きい病院に今すぐ行って欲しい。紹介状を渡すから。」

 

と言われました。

 

 

……ん?心雑音?

甲状腺は??

 

 

先生曰く、赤ちゃんは元々心臓に穴が開いていて、お腹から出て肺呼吸になるタイミングで穴が塞がっていくが、この穴が塞がらない子がいる、穴が開いていると心雑音がするとのことでした。

 

 

ただ、穴の大きさは専門の病院で診てもらわないと分からないので、県中央病院に行くよう言われました。

 

 

もうこの時点でわたしのライフはゼロでした。

 

甲状腺検査についても陽性。

加えて心雑音。

もうなんのこっちゃでした。

 

 

どうしようもないので中央病院に行くと、まぁ年末の救急ですから人の多いこと。

 

案内されたのは普通の待合室。

皆病気で辛そうでした。分かるけど、分かるけども!

 

でかい病院の狭い待合室で咳や嘔吐をしている人達と1時間以上新生児を連れて待機するのはとても辛かったです。

 

当時は風邪の諸症状がある人とそうでない人の待合室が分かれていませんでした。

 

 

他の待合室はないと言われ、許可を得て暖房の効かない廊下の隅で待つことにしましたが、娘が風邪を貰わないか心配でした。

 

 

病院に着いて2時間程経ってから、診察を受けました。

 

これがまた衝撃的で。

 

 

「うちでは小児の心臓病を診ることは出来ません。機械がないのです。」

 

 

 

ん??なんだって??

もう何の話??でした。

 

 

てか受付で説明したやん。

心雑音があるのでこちらに行くように指示されましたって言ったやん。

 

 

2時間待って、うちじゃ無理ですってそんな馬鹿な…。

 

 

 

産院も心疾患持ちの子ども初めてなの???え???県中なんで勧めたの??は??

 

 

な状態。

 

 

 

先生は申し訳なさそうに一通りの内科的診察をして、

 

 

「私の方で、大学病院宛の紹介状を書きます。」

 

 

と言ってくれました。

 

いや、先生は何も悪くないんです。

むしろ仕事を増やしてすみません状態。

こんなことってあるんですね…。

 

 

やり場のない怒りを抱えつつ、今度は大学病院へ。

 

大学病院も大混雑。

しかし、なんだかんだ30分程で診察を受けられることになりました。

先生は2人。

 

今回は心エコーをしてくれました。

しばらくエコーを見ていると、先生が看護師さんに別の先生を呼ぶよう指示しました。

 

 

「これ、あいてるよね?」

「あいてますね。」

 

と、先生同士でうなづき合い、

 

 

「娘さんの心臓には大きな穴が開いています。私たちは専門ではないので詳しくは言えませんが、入院が必要です。」

 

と言うのです。

 

 

もう目の前が真っ暗になりました。

甲状腺機能低下症のみならず、心臓に穴?

毎分毎秒動く心臓に穴が開いているという事実に耐えきれず、先生の前で泣いてしまいました。

 

夫も辛かったろうに何も言わずにずっと背中をさすってくれました。

 

私が健康に産んであげられなかったから。

娘が何をしたと言うのか。

心臓の病気だなんて命は大丈夫なのか。

 

 

パニックでした。

 

先生は、

 

「今のところ命に別状はない。」

 

と言ってくれ、入院の手続きとなりました。

 

 

遠方から夫の両親も来てくれて、入院に必要な娘の着替えやオムツ、私の着替え、日用品等を運んでくれました。

 

 

落ち着いた時にはもう午後11時頃。

チンする蕎麦をもらいましたが、全然入らず。

年越しそばは食べられずとも年は越えていく訳で。

全く想像と違った年越しすぎて、吐きそうでした。

 

でも、逆に言うと生後2週間という早期に病気が分かって良かったのだと皆で気持ちを切り替えて行きました。

 

 

まぁしばらく心室中隔欠損症とかネット検索しまくりましたけども。

 

 

そんなこんなで波乱の大晦日in 2019でした。